【切迫早産】8ヶ月で完全破水、そのまま1ヶ月間陣痛を待って出産した体験談

早産で生まれてきてくれた我が子
切迫流産から始まり、切迫早産と診断され結局入院。3ヶ月間ウテメリンを24時間点滴し、やっと退院できたのもつかの間、32週目に完全破水してしまいます。1ヶ月の温存期間を経て無事長男を出産した体験談です。
医療の現場
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子宮頸部異形成で円錐切除手術を受けた半年後の妊娠発覚

まだ一人目の子どもを産む前、子宮頸部異形成が発覚し、結局円錐切除手術を受けました。

出産経験もなかったため、「この先子どもをもつことができるのかな」と、とても不安だったのを覚えています。
子どものいる場所に行くのさえ嫌だった時期もあります。

それだけに術後半年くらいたった定期検診で妊娠が発覚したときは驚きました。

ただ、同時に怖くもなりました。

子宮頸部を切除した際、執刀した医師から
1年間は妊娠しても流産もしくは早産になるリスクが高いので気をつけるように」
といわれていたからです。

11週くらいから既に強い悪阻と切迫流産の兆候

予想されていた通り、切迫流産の傾向があると医師からいわれてしまいました。
自宅安静の指示が出て、当時はたらいていた職場は休みがちになってしまいました。
(切迫流産は「切迫流産について」で解説しています)

くわえて強い悪阻(おそ)。
2ヶ月ほどで11キロほど体重が落ちてしまい、点滴をしに通院することになりました。

どうにかこうにか安定期に入り、「切迫流産」から「切迫早産」に名称が移行していきました。
(切迫早産は「切迫早産について」で解説しています)

安定期に入ったことでほっとしたのもつかの間のことでした。
ここからもっと大変なことになるとは、このときは予想もしていませんでした。

切迫流産から切迫早産に

切迫流産と切迫早産の違いは、単純に週数が24週を超えているかどうかです。
子宮頸部の長さ、子宮口の開き方もより注意深く見ていくことになりました。

20週超えた辺りから、赤ちゃんが人間っぽくなっていくのでなんとなく安心していたのですが・・・

わたしの場合、子宮頸部が人よりも元々短かったのも不運でした。
赤ちゃんが育てば育つほどに、その重みで切迫早産のリスクが上がってしまうのです。

最初はウテメリンという錠剤を処方していただき、通院で様子をみていました。
しかし結局はウメテリンという薬剤を点滴したほうがいいと判断され、入院することとなりました。

座っているだけで注意される入院生活

入院した経験をお持ちの方はご存知だと思いますが、とにかく暇です。

特にやることもないし、資格の勉強をしてみたり、パソコンで少し作業をしてみたりしていました。

しかし
「座るより寝ているほうが重力がかからないから寝ていてください!」
と言われ・・・渋々横になる日々。

結婚するまで馬車馬の如く働いてきたので、寝転がって過ごす生活に物凄く違和感がありました。

1日をどう過ごしていいのかとても悩み、やっぱり寝転びながら資格の勉強をしたり、本を読んだりして1日の時間を潰すようになりました。

切迫早産に便秘は禁物

入院生活では他にも困ったことがありました。

11週目から始まった悪阻が安定期を過ぎてもずっと続いており、ご飯がほとんど食べられなくなったことです。

食べないので、当然、排便もありません。
最初はマグミットを飲んだりして、どうにかやり過ごしていました。

しかし便秘は切迫早産には禁物だそうで、
「トイレでいきんだりしたらいけないので下剤を飲んでください」
といわれ、何度か下剤を飲んだこともあります。

飲んだところで、元々お腹に何も入っていないので出ないのですが・・・

悪阻による食欲減退は、結局出産するまで続きました。

32週に入りようやく退院そして、ほどなく破水

32週に突入し、もし万が一産まれても大丈夫だろうということで退院許可がおりました。

しかし
「赤ちゃんが2000グラムになるまではお腹にいて欲しいので、注意して過ごしてください」
といわれました。

3ヶ月ほどの入院期間をほとんど横になって過ごしていたので、足元がおぼつかなかったことを覚えています。

体調は万全とはいえませんが、退院したことで食べたいものが食べられるいうのが一番嬉しかったです。
悪阻が続いていたので、食べられるものを探して食べることができました。

しかし、退院して4日ほど経った日のことです。
昼間、トイレに行った際に見たこともない緑色の液体が出ているのに気付き、すぐに病院に電話しました。

破水でした。

完全破水、陣痛を1ヶ月そのまま待つ

破水の量はどんどん増え、結局完全破水と診断されました。
しかも破水の色が緑色。

「赤ちゃんがお腹の中でしんどいのではないか?」
ともいわれてしまいました。
しかも32週目での破水だったため、通院していた病院では受け入れることができず、別の大きな病院に搬送されました。

搬送された病院で診察を受けたところ、赤ちゃんは無事でいてくれました。

ただ、体重がまだ2000グラムに到達しておらず、陣痛も来ていないため、できる限りお腹の中に温存することになりました。

退院してから4日、また入院生活が始まりました。

破水しているので、入浴は禁止です。
ウイルスや最近に感染しても困るため、細心の注意を払いながらの入院生活でした。

不幸中の幸いというか、同室に入院していた人達が全員切迫早産で、「チームセッパク」といって毎日ワーワー楽しく過ごすことができました。
週数や環境は違えど、同じような境遇で入院している人たちとの交流は、多くのことが制限された入院生活にあって、かなりのストレス軽減になりました。

完全破水していたにもかかわらず、それからほぼ1ヶ月の間、陣痛がくることはありませんでした。
幸い、感染症も起こさず、赤ちゃんの推定体重も2000グラムほどになりました。

担当医師は「完全破水していてこんなに長くお腹に温存しているケースは初めてです」と驚いていました。

結局自然に陣痛が来て、出産も普通分娩、2000グラムちょっとの男の子を産むことができました。

無事出産、その後

切迫流産から始まり、切迫早産での長い入院生活の末、結局早産で長男を出産しました。

その1年後に次男を出産しましたが、長男のときと同様「切迫流産・切迫早産になるのでは・・・」ととても心配しました。

が、39週で出産。

さらにその1年後、三男を出産しました。

が、三男も正産期に出産しました。

子宮頸管は切除しましたが、いくらかは再生するらしく、長男以降の二人にはまったく影響がなかったといえると思います。
少なくとも、妊娠中の入院はありませんでした。

ただし、通常に比べると子宮頸管は短くなっていますので、ウテメリンは常備薬のように飲んでいました。

また、長男の時に一度経験しているので、お腹の張りに関してはとても敏感になりました。
張ってきたな、と感じたら横になり、無理をしないように注意しました。

そういった予防策が功を奏して、次男三男ともに正産期で出産することができたのではないかと思います。

医師のコメント

  • 石見 陽
    リアルな出産の体験談。私は完全に専門外ですが、妊娠中の不安な気持ちなどとても参考になります。 生まれてくる胎児ももちろん大変ですが、妊婦さんも本当に大変ですね。 完全に素人の単なる感想になってしまいました。。
    投稿日時:
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